ロスト・イン・トランスレーション

kid_rock2004-09-15

★★★★★

ちょっと迷った。 しかし★★★★★。 なんだかどの映画もスコアが高くて私の評価が甘い様に見えるが、そんなことは無いと思う。 それなりにシビアに見ているつもりだ。 監督がソフィア・コッポラ(FFコッポラの無愛想な娘、スパイク・ジョーンズのカミさん。)だったので即決、それだけ期待も高かった。 期待以上だとまず言いたい。
この映画の主人公二人は、それぞれ自分自身の人生について問題を抱えている。 ミッドエイジ・クライシスに浸りきった元人気映画スターのボブ・ハリス、そしてそれなりに幸せながら目標を持てずアウトキャストとしての自分に悲観視するシャーロット。 それぞれの問題をテーマにした映画は多い。 舞台は東京。 異国の地での出会いをテーマにした映画も多い。 DVDのパッケージからは『クリシェ・ムービー』の匂いもプンプンした。 しかし違う。
まず、舞台となっている東京。 この街を、極端な視線で描写していない。 そして二人の関係は大部分がホテルという非常に無国籍的な空間で扱われる。 ビルの見る東京は、ホテル、スタジオ、そしてその間の移動中タクシーから見る街。 決して東京という街に深入りしない。 もちろん本人も深入りする気がない。 二人が出会ったのは東京でなくても、目的を持って来なければ全くもって退屈な街であればどこでも成立する。 私も東京の街を同じ様な気持ちでタクシーから眺めたことがあるが、主人公の表情にとてつもなく共感してしまった。 非常に気持ちが良く分かる。 私もあんな顔をしていたんだろうと思う。
くだらないと思う人もいるかも知れないが、この映画には徹底した本物志向が貫かれている。 『ハッサン自動車』のようなフェイクも、いい加減な偽テレビ番組も出て来ない。 ビルは日本のトークショーの仕事を急遽受けるが、そのトークショー藤井隆の『Matthew’s Best Hit TV*1だったりする。 ボーナス・フィーチャーにMatthew’s Best Hit TVの番組テイクがそのまま入ってもいる。 字幕も無い、全く普通に番組の1コーナーとして使っているように入っているが、こんなものをアメリカ人が見て面白いんだろうか?とも思わないでもない。 アメリカ人があの番組が実在で、しかも本物と全く同じ様に作っている事を知ったらさぞ驚くのではないだろうか。
ジョバンニ・リビシやスカーレット・ヨハンソンといった役者のパフォーマンスは素晴らしいが、中でもビル・マーレイは特に素晴らしい。 彼はあのコミックとしてのキャラクターをほとんど露出しない。 ボブ・ハリスというミドルエイジ・バーンアウトの殻を頑に被り、そしてボブの持つコミカルな面もビル・マーレイとしてではなくボブ・ハリスとして覗かせる。 彼は疲れている。 そして、彼の疲れを共有する30も年下の女性との出会いでも、彼らしくストレートかつシニカルに振舞う。 そんなおじさんの寂しさを覗く事に罪悪感さえ感じてしまう。
話の筋に関してあまり詳しく書きたくないが、それでもラストシーンについても一言。 二人は最後に言葉を交わすが、その内容は我々には聞こえない。 いや、聞かせてもらえない。 そして、聞くべきでもない。 この関係は、赤の他人である二人がほんの1週間の間に育んだ特別な関係であり、我々に全てを説明する義務は無いのである。 それより、二人の顔を見て欲しい。 その顔を見るだけで満足ではないだろうか。 
そして、この映画はコメディーでもある。 苦悩・ロマンス・笑い、そのバランスが見事に調和した素晴らしい映画である。 1つ、この映画はアメリカ人が期待する、良い『エキセントリックな映画』であるようにも思うが、それでも良い映画であることに違いは無い。

*1:エージェントは藤井隆を『日本のジョニー・カーソン』と説明していたが、その嘘さえ本物っぽい。