農業という借金操業

先日カミさんの会社で催された日本の食物自給率向上に向けての集まりについてまた少し考えてみた。
私は以前、『自力で再建出来ない産業は、滅びて然るべき』と発言していた。 基本的には今も変わらない。 限られた財的資源や人的資源を使って最大限のアウトプットを出力するには、効率的資源分配による生産性向上と比較優位の確立は必須だ。 つまり、100円を使って150円の価値のある万年筆と110円の価値のある大根を作れるなら、万年筆を作って売り大根を買う方が経済的だ。 いや、比較優位の話をするともうちょっと複雑だが、言いたいのは大根を作ることは日本にとって清算するのにコストのかかる商品だという事だ。 比較優位にとって例外は多い。 そして農業はその例外足り得るのかどうかは引き続き検証しなければと思っている。 今回は、先日の集まりに引き続き第二弾というところだ。
自国消費する食物、特に穀物を自給できないという性質は、国家にとって政治経済的に大きな足枷となる、という論が前回の集まりで挙がっていた。 私はさほど大きな問題とは思っていなかったが、それは今も変わっていない。 資源の自給による政治経済的効果に関して言えば、現代日本において、例え食物自給率を100%に出来たとしても、過去・現在・未来の原油依存を考えれば状況はあまり改善しない。 逆に、米その他農作物の自由化を完全に行わないこと、農業に対する高い政府助成金の高さを抜本的に改善できないことこそ政治的足枷になっている。 そして、現在ではさらなる農業助成を行わない限り食糧自給率は向上し得ない。 その理由は何か?
農業の産業としての利益生産性である。 そもそも、現在の日本の農業は助成金無しでは成立しない程利益生産性が低い産業である。 その結果はというと、価格の高騰である。

「私の関心はもっぱら、米を入れる入れないの議論より、なぜ日本農業が米の輸入におびえるほど脆弱になってしまったのか、その是正策にある。合衆国の米生産は日本の豆類生産ほどのウエイトしかないのに、その米の七倍も八倍もする日本の米価がなぜできあがってしまったのか。国際世論の悪評を買い、世界の自由貿易体制のなかで孤立するという犠牲を払い、なお米を輸入した場合の稲作農家の壊滅におびえ、主食の供給が外国の手に渡ってしまうことにおびえる日本の現状に、私は深い憂慮を覚える。米の輸入反対の論拠に「食糧の安全保障論」なるものがあるが、外国の七倍も八倍も高い米を作っておいて、何が安全保障といえようか。」

http://www.rieti.go.jp/jp/publications/pdp/04p007.pdf
私も同意見だ。 現時点で農業は産業として成り立っていない。 驚くかも知れないが、現在農業総生産は農業への政府の農業予算(助成金、その他)を下回っている。 つまり先ほどの大根の例で言うと、日本は実際100円を使って80円の大根を作っているのである。 自給率向上や品質向上(オーガニック、等)の要求は、当然政府助成という形を取らなければ成立しない。 『消費者意識が上がって需要が出れば、必然的にオーガニック作物の供給が伸びる』という効果は確かにあるかも知れないが、正直農業の経済性の低さを考えるとほとんど効果を生まないだろう。 そこまで経済性が確立されてもいなければ、そもそも市場原理を持ち込めない程脆弱な産業に市場原理による効果を求める事自体に無理がある。 となれば、産業界から政府へのロビイスト活動を通した、『オーガニック食品助成制度』の設立ということだろうか。 それは経済学の論理ではない。
日本の農業は生産企業が巨大化し、自営農家が激減し、市場競争力を得らなければ生き残れなくなるだろう。 WTOでの協議が突然方向性を転換して『市場参入障壁の優遇』へと傾かない限り(有り得ないし、正しくも無いが)自営農は今後減り続けることになる。 非難を恐れずに書くが、それは憂慮すべきことなのであろうか? 大手自動車メーカーの中小下請企業が多く倒産し、大手銀行が競争力獲得の為にM&Aを通して巨大化し、買い付け力の低い小規模小売店が大手小売店に飲み込まれる。 他の産業では、政府政策をもろともせず相当な市場原理によって大打撃を受け再編が進んでいる。 農業のみ、自営農奨励と保護をここまで受けている事が果たして正当なのだろうか? 食料自給率の話になると結構鎖国時代の自給自足の話が出てくるが、当時の生産水準を考えると自給自足が成り立っていたと言えるのだろうか? そもそも、農業は自営農体制では300年前には既に機能していなかったのではないだろうか?
ともかく、今我々が持っている農家というイメージは崩壊の道へと向かっているし崩壊すべきものでないかとも思う。 食料自給率向上について文献を多少読んでみたが、本当に自給率を向上させる為には、皆多かれ少なかれこの結論にたどり着くような気がする。 そもそも今農業が成り立っていないのは明白だ。 それを打破するには自営農主義の変換しかない、とそんな気がする。 何となく賛成したくない発想だが、それしか道が無い、というよりそれが正しい道のように思えてならない。
ちなみに付け加えると、リスクヘッジという観点から言うと食料自給率の向上は食料の安定供給への弊害となる。 複数の流通ルートを持つことによって安定供給を図るのは定石、というより経済的に正統な政策だ。 日本のみで食料を供給しようとし日本が不作に陥った際、高すぎる食料自給率が食料の市場価格高騰に直結するのは明白だ。 別に輸入に依存していることによって起きたオイルショックだけが市場価格高騰の可能性ではない。 逆もまた、同じ効果を生む。 そのあたりへの考慮もふまえて、集まりの今後の成果に期待したい。