華氏911

kid_rock2004-08-14

★★★★☆

ドキュメンタリー、と言い切れるのかどうかは疑問である。 この映画が民主党プロパガンダと指摘されるのも無理は無い。 一つ、この映画はブッシュ政権の実態の摘発、という側面をあまり持たない。 言うなれば、マイケル・ムーア監督の持つ、個人的なアメリカ民主主義、そしてブッシュ政権、そしてブッシュ自身に対する危機感と懸念の集大成であると言える。 2秒で言えば『コケおろし』である。
まずこの映画には、アメリカ政治経済にそれなりの注意を払っている人間、そしてアメリカにおいては一般的なアメリカ人が全く聞いた事のない真事実というものがあまり無い。ディック・チェイニーとハリヴァートン、ブッシュ一家とビン・ラディン一家といった政治的な繋がりを持つ権力者の側面、そして州知事になるまでビジネスではまったく振るわなかったジョージWの失敗談、貧困層が矢面となり海外に派兵されるアメリカの志願兵制度、などである。 どれも周知事実の追認となる。
ドキュメンタリーとしてマイケル・ムーアらしい詳細な描写は、新しい。 特にWTCに二機目の飛行機が突っ込んだというニュースを聞いてからのブッシュの数分間の仕草(あんまり詳しくは書けないが)は、そういった切り口での分析を見た事が無かった分かなり新鮮に感じた。 音を主体とした臨場感の演出、そして通常テレビでは過激すぎて放映されない残酷な映像などもドキュメンタリーとしての姿勢を誇示するものと思える。 インパクトを求めて野蛮な映像を集めているのではなく、兵士の心理状態と、その兵士が置かれた実際の環境との対比として意図あるものだ。
終わりでは、戦争で子供を失ったアメリカ家族の苦悩を描いているが、如何せんイラク国内の状況を辛辣なまま描いた後だとあまり伝わってこない。 確かに、自らの子供をこのような無益な戦争で失うことは辛いだろう。 しかし、それを言えばイラクの国民の方がよっぽど辛いであろうと感じる。
重ねて言うが、ドキュメンタリーとしての評価がしにくいのだが、その理由の一つがブッシュの発言をカット&ペーストで映像の間に挟み込む手法が取られた点だ。 ブッシュが非常に卑劣かつ無能に(実物よりさらに)映るのだ。 彼には反論の機会は与えられていない。 しかも彼のコメントが映る度に、あたかも重大な過失に対して阿呆な弁明を述べているように見える。 あまりフェアな手法とは言えない。
1つ、彼のブッシュ再選に対する懸念は充分以上伝わってくる。 この映画が今回の大統領選に与える影響は大きい。 共和党選挙事務所も、『民主党派しか見ない宣伝映画』くらいに扱っていたが、この映画の持つ無党派層への影響力を意識した発言も出てきている。 そうであろう。 私は選挙権を持たない日本人だが、思想的にはリベラル派民主党と言える。 私などはこの映画を見ても同調するだけであり、選挙に対する意識はあまり変わらない。 しかし、無党派層は違うだろう。 3割と言われるこのグループに危機感を持たせる力がこの映画には充分ある。 今までのマイケル・ムーアの映画にはリベラルな気運が強すぎて敬遠されがちだったが、今回は多少状況が異なる様に思える。
以前ここにも書いたが、アメリカの地方都市に住む貧困層が貧しい暮らしから唯一抜け出す方法、大学に行く唯一の方法が軍隊入隊であるケースが非常に多い事、それ以上にこの体質こそがアメリカの軍事力を支えているという不公平差に対するメッセージは特に力強い。 この映画を見て、少しでも正義感と呼べるものが久しぶりにうずうずとしない人間などいないのではないかと思う。 それだけ、真実の持つメッセージは強大だ。 例えこの映画がドキュメンタリーとしては賛同しにくいとしても。