真の農業改革に向けて

RIETIの農業政策シンポジウムに参加
http://www.rieti.go.jp/jp/events/04072801/info.html
このようなイベントが気軽に無料で参加できる事に深く感謝したい。 
さて、序文から分かるように、先日紹介した日経ビジネスの記事とは違い、農業再興を政治経済的角度から検証したシンポジウムとなっている。 つまり、基本的に『負け試合のどこで妥協するか。 そこからどう改善していくか。』という姿勢が根底にあり、それだけ建設的かつ実情を捉えたものであり、ただの現状批判に終わらない。 特にOECDのASH氏の提言はEUでの実績を踏まえての提言には興味深い点が多い。 また木村福成教授のWTO対策とそこでの妥協が他FTA交渉においての足枷になっている(氏は『なってはならない』という表現をされていたが)という指摘は共感できる。 また同氏の、自由化規律の低いFTAが増えている中ではあるが、日本のクリーンな立場を主張するために自由化に向けて強いスタンスを維持することが必要という前衛的な意見も興味深い。 そもそも日本が最も出来ていない点であり、純粋な政治経済学的な論点からの提言ではあるが、だからこそ基本方針として忘れてはならない点である。
パネラーには海外シンクタンクの次局長、経済学教授、農業官僚、元政治家とバリエーションに富んでいたが、特に注目すべき点の一つは、価格維持を前提とした保護政策から直接支払いに移行すべきという方向性ではコンセンサスが最初から取られていた点である。 直接支払い、つまり関税率を大幅に下げる代わりに、農家に直接補助金を与えることである。 産業として全く理に適っていない。 そして実施に際して不公平性や市場動向による補助金の増大・減少に対する調整等、問題点が多く現れることは明白である。 しかし、高関税、流通量調整による価格維持体制を継続するよりは大きな前進となるのは明らかである。 山下一仁氏の資料から数値を借用すると、現在490%の関税を上乗せされて10kg4000円となっている海外米が、800円で市場に流れる。 もちろんその商品と競争できない生産者側に、金銭的補填という形で保護するというものである。 実際に運営可能かどうかの検証は、同氏が提供する資料にて簡潔かつ明確に説明されているので言及は避けたい。 後日RIETIウェブサイトよりダウンロード可能であるので是非参照していただきたい。
さて、現在の農協・地方経済連・政府・小売りはこの状況をどの程度把握しているのか? 当然一部は上記のようなオルタナティブが存在すること自体は把握しているだろうが、現状ではその対策は行われていない。(この点では日経ビジネスを始めとする日本のジャーナリズムも同様だ。) 現在、農業荒廃への対策として圧倒的比重を置かれているのは、高付加価値・市場原理に基づいたマーケティングである。 つまり、価格ではない部分でより競争力をつける、という点に終止している。 確かに、無益では決してないし、直接支払いという保護政策に移行したとしても同様のマーケティングは非常に重要な対策である。 しかし、現在唱われている農業改革とは、農業改革ではない。 クドいようだがマーケティングの一つに過ぎない。 価格維持→直接支払い、の様な移行こそが改革であり、現在の農業に必要なのである。
改革とは性質上痛みを伴うものである。 それ故弊害も多い。 残念ながらセンシティブ品目の維持に奔走している現在進行中の新ラウンドの合意では、今回のシンポジウムで提言されたような内外共の改革路線には乗らないであろう。 しかし、またしても『外圧』という形で市場アクセスが大幅に解放され、事後対応として直接支払い制への移行のような状況は充分期待出来る。 より長いスパンで考えると、必然かも知れない。 いずれにせよ、現在の保護政策が内外両サイドに対して弊害が大きい事を考えると、外圧に屈するという形ではなく自主的改革という形で乗り切るべきであると強く思う。 残念ながら、そのような例は近代日本の政治の歴史では極めて少ない。 日本を本質的に変えてきたのは、残念ながら外圧である。 自ら痛みを伴う決断をし、それを国民が支持し続けることができるか? 現状では難しいであろう。 しかし政治改革を唱うからには目標としなければならない。
今回のシンポジウムでも明言は避けられたが、RIETIの提言が実現した時に起こるであろう、メディアとして攻撃しやすい、そして国民が反発するであろう現象は以下の3つであろう。

  • 1. 直接支払いという、倫理的に迎合しにくい保護体制の出現
  • 2. 自営農家の消滅
  • 3. 米穀店のさらなる激減

第一は、当然誰もが思う『何故農家だけお金をもらえるのか』という不公平な政策に対する反発、そして享受する生産者間での、配当の不公平さに対する反発である。
第二は、自営農家の存続保護という体制が現在の不均衡を生んだ原因であることを考えると当然ではあるが、一般国民が持つ『農家』『お百姓さん』というイメージが消えてしまう事への反発を呼ぶであろう。 RIETIの提言でも、直接支払いは原則として、規模の経済の効果を誘引する為により大規模な農業生産形態に限定すべきだと主張されている。 これもしごく当然な点だが、先日私も書いたように容易に受け入れにくい発想であろう。
第三は、価格の低下は確実に『生産者→商社・卸→大手小売店』という流通ルートをより強固にする、そして上記のような改革であれば一般米穀店ではほぼ対抗する事が不可能な程強固になるであろうという点である。 現在、米の海外での生産に力を入れているのは国内の大手商社・卸と海外のアグリビジネス企業のみである。 例えばアンジメックス・キトク(木徳神糧)は91年に木徳がアンジメックス(アンザン省出入公社)を合併し設立され、97年よりコシヒカリはえぬきといった日本品種米を日本に輸出し始め、98年には年間2万5000トンの処理能力を持つ精米工場を設立し、既に本稼働に移っている。(現在は中国→東南アジア諸国という流通ルートが主である。) より早く日本のマーケットを標準としてきたアメリカでも、三井物産ニチメン、兼松、ヤマタネなどはカリフォルニア州サクラメントの精米工場や生産者組合と、伊藤忠商事やキリン・インターナショナル・トレーディングなどはアーカンソー州で、国際機関の有機認証を受けたあきたこまちコシヒカリの生産組合と契約栽培を行っている。(事例は共に『現代の食とアグリビジネス』 第四章参照) つまり、輸入関税が大幅に下がれば、既に低価格・高品質の日本品種外国米が大量に日本に輸出される準備は整っているのである。 そして、これら海外生産米により早く注目し流通ルート開発に努めてきたのは、既得権を持たない商社や小売店への販売不振に悩むが体力のある大手卸である。 改革は、この新たな流通ルートを確立し、『農家→全農(経済連)→卸→小売り』という現状主力となっているルートは壊滅的打撃を受けるであろう。 米屋の入り込む余地は非常に小さい。
それでも私はまだ米屋という形態を捨てるつもりはないが、上記のような激震は常に起こりうると思っている。 いや、おそらく起こるであろうと思っている。 わたしにとってはあまり良いニュースとも言えないが、一般消費者、そして何より日本の経済・政治にとって大きなプラスとなるであろう。

参考文献: