パンチドランク・ラブ

kid_rock2004-08-22

★★★★☆

私はP.T.アンダーソンファンだ。 ブギーナイツマグノリアも、日常と非日常、安定と不安定、自信と自己嫌悪そしてその挟間で苦悩する人間とその美しさ危うさ、そういった彼独自の世界観における人間描写を発揮した大好きな映画だ。 ブギーナイツではその苦悩は背後で静かに流れ、マグノリアではストーリーのうねりとなって現れていた。
この映画は、そのどちらでもない。 アダム・サンドラー演じるバリー・イーガンの弱さは映画全体を支配する動きではない。 しかし彼が隠そうとする彼の不安定さは強大だ。 好きな女性の前で恥をかくときはなおさら大きい。 暴れ狂い、物にあたり、絶叫する。 そんな彼の姿に共感を覚えない人間などいないのではないだろうか。 誰しも持つ、弱い自負とそれを崩そうとするものへの恐怖心を、バリー・イーガンは象徴的に濃縮している。 アダム・サンドラーの子供っぽさと危うさという面を見事に引き出している。 『何故アダム・サンドラー?』と思った人も、見れば納得できるだろう。
そう、この映画はアダム・サンドラーでないとおそらく成立しない。 そして、アダム・サンドラーSNL出身のコメディアンであり、出演する映画は自分の知り合いを寄せ集めたおバカコメディーしか作らない。 彼の映画では、敵も味方も、皆愛嬌いっぱいにサンドラーを囲み、彼のサポートとなっている。 しかし、この映画ではそんなサポートが全く無いのである。 このギャップが、バリー・イーガンの繊細な一面をより強調する結果となっているように思う。 SNL時代から結構アダム・サンドラーが好き(『オペラマン』が特に)だった私には、バリー・イーガンの個性は強烈に映った。 しかし、もしアダム・サンドラーの事を全く知らなければどうだっただろうか? 疑問は残る。
当然このキャラクターの全愛情が注がれるヒロインにかかる重圧は相当なものだが、エミリー・ワトソンというキラ星のパフォーマンスは文句無しだろう。 流石と言うしか無い。
しかし、如何せんストーリーが掴めない。 細部の描写に驚き感心しながらも、どうも乗り切れない。 もう一押しを期待しているところに、次の展開へと映っていく。 そして、主人公らいしのは確かだが、カタルシスの弱さも印象に残る。 マグノリアマグノリアだったからと言ってしまえばそれまでかも知れないが。
映画全体としては、見る前から『こんな映画だろう』と想像していたものとあまり変わらなかった。 期待は高かったので、悪い意味ではない。 しかし、その中でストーリーへのめり込めなかった、それがこの映画の感想として率直なところだと思う。